鴨居・観音崎の昔話
 土左衛門と海坊主
 


 鴨居は、江戸時代から鯛釣りが盛んで、この地の鯛は大名立ちにたいそう喜ばれ、
特に徳川家康の大好物で、毎年献上されていたと言う話じゃ。
 とうべの留吉と゜んは、紀州に嫁いだ姉様が里帰りするので、うまい鯛をごちそうし
ようと、沖に出ていったそうな。
 北下浦の辺りまで来たとき、突然、ドシンと音がして船が大きく揺れたそうじゃ。留
吉どんが恐る恐る海をのぞき込むと、なんと土左衛門が浮いていたんじ゜ゃと。
 気の弱い留吉どんは、海面に髪を広げ、船にへばりついている土左衛門を見て、
腰を抜かしてしまった。
 しばらく、船の隅で震えていた留吉どんは、気を取り直すと、あたふたと船をこぎだ
したそうな。ところが、漕げども漕げども船はクルクル回るばかりで先に進まない。留
吉どんは、じいさまが話していたことを思い出し、土左衛門に手を合わせると「これか
ら漁にいかなきゃなんねい。帰りにはきっと浜に引き上げて手厚く葬るだから、どうか
それまで待ってくだせい。」とペコリと頭を下げて、船をこぎ出したそうな。すると、船
は滑るように走り出し無事に漁場に着くことができたそうじゃ。
 やがて鯛を3匹つり上げた頃には、日はとっぷりと暮れておった。
「急いで帰らなにゃ。夕飯にはまにあわねえぞ。」
留吉どんは、まっすぐ船を鴨居に向けて漕ぎだしたそうな。そして土左衛門と出会っ
た辺りに来たとき、留吉どんは、恐る恐るその辺りを見回したそうじゃ。
 ところが、その辺りは月影が銀色に輝くばかりで、土左衛門の姿を見つけることは
できんかった。
「こりゃきっと、誰かが揚げてくれたんだべ」
 留吉どんは内心ホッとして、肩の荷をおろししたような気分になり、姉様が待ってい
る港に向かって急いで船を漕ぎだしたそうな。
ところが、今まで穏やかだった海が突然あれだし、船は木の葉のように波にもてあ
そばれだしたそうじゃ。
「こりゃ、どうしたこった。」
 留吉どんは慌てふためき、力一杯船を漕いだそうな。その時、船端をコンコとたたく
音がしたそうじゃ。留吉どんは櫓を漕ぐ手を止めて、音のする船端の方をのぞき見た。
そのとたん、留吉どんはまたまた腰を抜かしてしまったと。船端にはなんと、海坊主
が手をかけていたんじゃと。
 そして
「水をくれぇ。水をくれぇ。」
と苦しそうに言いながら、ひしゃくで海の水を船の中に汲み入れ始めたそうじゃ。
「水をくれぇ。水をくれぇ。」
気味の悪い声は、海面にこだまし、留吉どんは、さっきの土左衛門との約束を思い出
し、夢中で船端にしがみつくと、海をのぞき込んだそうな。
 案の定、そこには髪を広げた土左衛門が浮いておった。留吉どんが急いで土左衛
門を引き上げると、海坊主は、すっーと姿を消し、あれほど吹き荒れていた「さがにし」
も、いつしか優しい風に変わっておったそうじゃ。
 浜に帰った留吉どんは、約束通り土左衛門を手厚く葬ってやったということじゃ。


観音崎・鴨居のむかし話

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