鴨居・観音崎のむかし話
        鵜と大蛇と観音様

 昔、観音崎の崖の上にたくさんの鵜が住み着いていました。

 鵜が一斉に飛び立つと、空一面真っ黒になり、天気の良い昼間でも、あたりが薄暗くなってしまうほど、それはたくさんの数でした。

 ある日、そのたくさんの鵜が、いつものように海で魚を捕っていると

「ウウウウウ。」

 どこからともなく、気味の悪いうなり声が聞こえてきました。

「オオオオオ。」

 何やら苦しそうな声です。

「何だろう。」

「岩穴の方だぞ。」

 切り立った崖のほどには、大きな岩穴がポッカリと口を開けていました。気味の悪い声は、どうやらその中から聞こえてくるようです。

「いってみるかな。」

「そうだな。」

 兄弟の鵜が岩穴まで飛んでいき、穴の入口からおそるおそる中をのぞきこみました。

 そこには、とても太くて、とてもびつくりするほど長い大蛇が、とぐろを巻いたままぐったりとしていました。

「近寄らない方がいいな。」

「気づかれないうちにそっと帰ろう。」

 怖くなった二羽の鵜が、ひそひそ声で話していると、大蛇が薄目を開けて苦しそうに言いました。

「崖の上に生えている青い草をとってきてくれ。」

 鵜の兄弟は、少しの間 迷っていましたが、やがて

「とってくるだけなら。」

と、崖の上に飛んでいきました。

 やがて二羽は、崖の上から青い草をとってくると、岩穴の入口から大蛇の方へバサッと放りました。

 大蛇は、ムシャムシャと草を食べ、全部食べてしまうと再び、さっきのようにグッタリと目をつぶりました。

 やがて大蛇はサッと目を開けると、キリリととぐろを巻きなおし、穴の入口で見ていた二羽の鵜に言いました。

「すまぬ。おかげで助かった。何か困ったことがあったらいつでもわしのところへくるがいい。」

 

 それから何日かたったある日のこと。崖下の浜で漁師たちが何やら相談しています。

「今日も魚がとれなかっただよ。」

「こう鵜が多くっちゃあな。」

「みんな食われちまうだよ。」

「どうすんべぇかなぁ。」

 やがて相談がまとまったらしく、漁師たちは、それぞれの家に帰って行きました。

 次の日の朝、まだ暗い浜辺で何やら黒い影が動いています。

 一つ、二つ、影の数はだんだん増え、やがて大きな固まりになると、崖をよじ登り始めました。

 あたりには、寄せては返す波の音だけが響いています。

 突然、崖の上から叫び声が聞こえてきました。

「ギャア。」

「ギャア。」

「ギャア、ギャアーア。」

 あっという間に波の音さえかき消すほどに大きくなった叫び声は、まぎれもない鵜たちの鳴き声です。

「ギャア。ギャア。ギャア。」

 いったい、崖の上では何が起こっているのでしょう。

 しばらくして鵜たちの声はぱたりとやみ、あたりはまた、波の音が響くだけとなりました。

 やがて夜が白々と明けはじめ、あたりの景色がぼんやりと闇の中に浮かび上がってきました。

 崖の上を見ると、たくさんの鵜が傷つき横たわっています。

 傷ついた鵜の中には、あの兄弟の鵜もいました。

 弟の方は、羽を傷つけられて飛ぶことができません。

 少し元気な兄の鵜が、力をふりしぼって岩穴まで飛んでいき、大蛇に助けを求めました。

「どうか弟の、そしてみんなのかたきをうってください。」

「よし、わしに任せろ。まず傷ついたものには、あの青い草を食べさせるのだ。」

大蛇は力強く言いました。

 

 その日、漁師たちはたいそう機嫌良く良に出かけて行きました。

「鵜のやつらがもういねぇから。これからゆっくり漁ができるべぇ。」

「まったくだ。今日はうんとたくさん魚をとつてくんべ。」

 ところが走水の沖まできた時です。今まで晴れていた空が、にわかに薄暗くなり始めました。おまけに波も荒くなってきたようです。

「なんだべ。なんだべ。」

 空はみるみる暗くなっていきます。

 と、突然、空を見上げていた漁師が叫びました。

「ありゃ、鵜でねえか。」

 そうです。空が暗くなったのは、一面に飛び交う鵜の大群のせいだったのです。

 次の瞬間、鵜たちは一斉に船に襲いかかりました。

「あれほど痛めつけたはずなのに。」

「どうしたこつた。」

 鵜たちは、大蛇に教えられた青い草を食べ、すぐに元気になつたのでした。

「こりゃたまらねぇ。」

 一人の漁師が海に飛び込みました。

 ところが海には、恐ろしい大蛇が待ち受けていました。そうです.突然の大波は大蛇が起こしていたのです。

 波にもまれて今にもひっくりそうな船から、漁師が一人、また一人と、大蛇の待ち受ける海に投げ出されて行きます。

 そしてとうとう漁師たちは、誰一人として浜へ帰ってきませんでした。

 

 この時から、走水の沖を通る船は、ことごとく鵜の大群と大蛇におそわれるようになり、村に残った漁師たちは、ほとほと困り果ててしまいました。

 

 そんなある日、村を通りかかった旅のお坊さんがこの話を聞き、

「わたしに任せなさい。」

と、一人崖の岩穴に出かけて行きました。

 岩穴の奥には、大蛇がとぐろを巻いています。

「大蛇よ。もうこれくらいで漁師たちを許してやってはくれまいか。」

 ところが大蛇はそれに答えず、真っ赤な口をカっと開けてお坊さんに襲いかかりました。お坊さんはスルリと身をかわすとお経を唱え始めました。

 すると大蛇はもんどりうって苦しみはじめ、やがてパタリと動かなくなってしまい増した。

 お坊さんは大蛇の霊をなぐさめるために、岩穴の上に観音様を安置し、またどこへともなく去って行きました。

 それからというもの、たくさんの鵜たちもすっかりおとなしくなり、漁師たちは平和に暮らせるようになりました。

 

 ところがある日、その大切な観音様が岩穴から消えてしまいました。

「てぇへんだ。」

「いったいどこへいっちまつたんだべぇ。」

 村中大騒ぎです。

 漁師たちは、手分けして探し回りましたが、観音様は見つかりません。

 次の日も次の日も、そのまた次の日も、漁に出ずにあちらこちらとさがしまわりましたが、観音様は見つかりません。

 漁師たちは、なかばあきらめてしまい、またいつものように漁に出ました。そして走水の沖まできた時、何やら水面がボーっと光っています。

「なんだべぇ。」

「ひよっとすると観音様がいなさるのかもしれねぇ。」

「だとしたら、えれえこっちゃ。」

 光っているところを調べてみると、海の底の岩と岩の間に、観音様がはさまっていました。

「こんなところにいなさったっよ。」

「やっとみつけられたじゃ。」

「良かったべよう。」

 漁師たちは大喜びで村に帰り、観音様を再び丁寧に岩穴の中に安置したということです。

 それ以来、そのあたりは『観音崎』とよばれるようになり、平和な毎日が続いたということです。

 

観音崎・鴨居のむかし話

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