鴨居・観音崎のむかし話
江戸もどり
むかし、三浦は観音崎の海っぱたに浜三というひとりもんがおった。
浜三は、いい年をしているくせに、女房ももらわないで、だぼらふいちゃ、ぶらぶらしておったそうな。
ついこの間の大しけの時も、村中で船を浜にあげたり、網をしまったり、てんてこ舞いしたって言うのに、
浜三のやつは、次の日の夕方、風もおさまってからどこからともなくフラフラッと帰ってきたもんだ。
浜のもんが
「おめえ、忙しいのにどこに行ってただ。」
と聞くと、浜三、けろっとして顔でぬかした。
「ああ、ゆんべ、城ヶ島が波にさらわれそうだって知らせを受けたで、おいら 忙しかったが、押さえにいってただ。」
こんなほらばかり吹いているので、浜の衆は南から風が吹くと
「浜三のやつ、また、油壺あたりでたぼらふいているんだな。だから見てみろ、このひでえ風だ。」
といったし、北から風が吹くと、
「やろう、ここんとこ見かけんが、房州(千葉県)の木更津あたりででっかいのをぽかーんと吹いているでねぇか。」
など話とった。
ある時のことだ、その浜三が、ねじりはちまきで浜のドベラの木を切って集めて出した。ドベラと言うのは、このあたりでやたらに生えている木だ。漢字で書くと「浜桐花」ってなるのだが、ミツを出すのか、花も咲かないのに、チョウやアブが群がるおかしな木だ。
浜三は、そいつをせっせと切り倒しては、山と積んだドベラの木を、今度は一尺(約33p)簿との長さに切れそろえては、手頃にたばね始めた。
あのなまけものの浜三が、にわかに働きだしたもんで浜の漁師はたまげた。
「浜三、われは何を始めるだ。」
「ああ、ドベラでマキをつくって船に積んで江戸に売りにいくだぁ。したら俺はドベラ大尽ってもんだわ。」
浜三は、汗だくになってドベラをたばねていた。
漁師たちは
「何がドベラ大尽だ。それよかだぼら大尽にならねばいいがなぁ。」
と言っていたが、浜三は知ってか知らずか夢中になって働いておった。そのうちに
「浜三にやつは、生まれかわったのかもしれんぞ。ことによったらドベラ大尽になるかもしれん。なら、その分け前にあずかるか。」
と中には手伝うものも出てきた。
いよいよ船出の日がきた。浜三は、船にドベラのマキをうずたかく積むと、帆をいっぱいふくらませて、観音崎の浜をあとに、江戸に向かって行った。浜では、漁師たちが大勢見送ったということだ。
それから幾日かたったが、浜三から何の音沙汰もなかった。
「どうしたかなぁ。大尽になって、はあ、江戸で遊んでいるじゃねえか。」
など、うわさをしていると、浜三が、船にドベラをそっくり積んだままでぶくりと帰ってきた。
浜に打ち上げられたゴミアクみたいに、しょぼしょぼになって帰ってきた。
「浜三、どうしただぁ。ドベラ大尽になれんかったかあ。」
浜のもんがからかうと、浜三、うつむいて
「ドベラは、チョウやアブがすくから、値よく売れるべぇと思っただが、火にくべたら、臭くて臭くて、江戸のやつらは鼻をつまんでおったわ。とてもマキにゃならんわい。」
となさけない声でいうた。漁師たちは、
「そおかぁ、そりゃまずかったなぁ。ドベラも江戸もどり、だぼらも江戸もどり。どっちもこっちも江戸もどりじゃ。」
と言ったと。それからここいらでは、ドベラの木を「江戸もどり」というようになったもんだと。
ドベラには懲りたが、浜三は相変わらず、だぼらをふいて結構長生きしたということじゃ。
たたらの浜 おまんぎつね 鵜と大蛇(おろち)と観音様 土左衛門と海坊主 海賊退治 鯨つき